進みだした借金返済。 とはいえ、2億のゴールは遠かった…。

2016-05-09 23:06:09.788

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

1983年、26歳のサラリーマンのわたしが借金から逃げ出した親父に替わり返済する
親父の夜逃げシリーズ(8)です。

なんとか市街化調整区域にある田畑をうまく売却すべく動き出しました。

売り方としては
・田としてそのまま売る

または建築を前提とすると、都市計画法第34条によれば市街化調整区域で可能なのは・・・
・農作業場や農家の自宅
・大学,研究所等で開発審査会を経たもの
・大規模流通業務施設、老人保健施設、有料老人ホーム等

まず着手したのは近隣農家へのアナウンスや地元不動産業者への売却依頼。

■田としての販売

当時、農家で実家を継ぐ長男以外の兄弟の住居を親が面倒を見てやるのはよくある話でした。

ただ、これは自己所有の田畑に建てるのが一般的。新たに購入しての建設では土地代分のコストが余分に掛かります。
つまり、このパターンでは価格が折り合わず、買い手は見込めません。

・・・ところが不動産会社の紹介で買い手が現れました。

(*)確か売価は 700㎡(田んぼ1枚) × @1.8万円 =1260万円程度
宅地並み@9万円とは行きませんが、田としての評価額200万円に比べれば御の字、妥当なところ。

田としてはペイしませんが将来の宅地化を当て込んでの購入だったよう。
(実際には33年後の今も宅地化は進んでいません。買った人は当てが外れているかも)

(*)取り急ぎ販売したのは田んぼ6枚(約700㎡×6)
総額で約8000万円でした。

当時の長期譲渡所得の税金が20%。プラス住民税で、計25%が税金でした。
みなし取得原価が5%なので、課税対象は売価の95%。
(8000×95%)×25% で 税額なんと1900万円!

驚きの税金です。
何とかせねばと節税に工夫するのは後日の話・・・

まだ足りませんが大きな一歩を進みだしました。
少しずつ灯りが見えた気がします。

■悪魔か救世主か?

この頃、山本家の窮状を聞きつけた支援者が救世主(?)として現れました。
近隣では少しは名前の通ったD建設のN社長です。
それほどの規模ではありませんが数十名の従業員がいたはず。

逃げたとはいえ近所に住んでいた父親に連絡があった様で、面談することになりました。

実家の応接代わりの8畳の和室に集合です。
テーブルを挟んで正面にN社長、こちら側にH叔父とわたし。
やや後方に父は小さくなっています。

N社長は筋肉で引き締まり、長身で浅黒く日焼けした風貌。
細身ながらも骨太のごつごつした印象で、負けん気の強さを感じました。

「山本さんのことは商工会で存じ上げとる」
「借金で大変だと聞いた。このままでは、先祖代々続いた山本家が無くなる」
「そんな残念なことは無い。なんとかせなあかん」
野太い声で話します。

「山本さんが可哀想でかわいそうで・・・ わしも経営者やから、よう分かる」
おいおいと声をあげ涙を流すN社長。父も黙りこんだままうつむいて、涙ぐんでいます。

「悪いようにはせん。わたしがお手伝いしたい」

生まれて初めて、大の大人がおいおい泣くの見て驚きました。

「申し出はありがたい。いろいろ考えさせて欲しい」
H叔父の言葉で、面談はひとまず終了。

N社長が帰ると、N叔父は
この話は危ない。あの人には何のメリットも無いのにおかしい」
「あんな話を信じたらだめや。騙されて、ぜんぶ取られてしまう」
ときっぱり。

結局、自分たちで何とかしますから、とお断りすることになりました。

N社長の真意は分かりませんが、
その後D建設は程なくして倒産してしまいました。

親父とわたしだけなら「イエス」と言っていたかもしれません。
藁をもすがる気持ちでしたから。

騙された人がなんども同じ目に合う、その気持ちが分かる気がします。
瀬戸際の人間が冷静に判断するのは困難です。

■町役場のスパイ 見張るのは・・・

少しずつ返済活動を始めましたが、最初に手こずったのは「印鑑の確保」

当初、親父の居場所を突き止め実印を預かりました。

なにしろ財産の名義は全て父です。
取引は全て所有者である父親の名前でやる必要があります。

父親の財産を継続的に処分できる委任契約、信託契約という手法もあったのかもしれませんが
当時はそこまでの知識はありませんでした。

色んな取引のため、町役場に印鑑証明をもらいに行きました。

札束と判子

職員が不思議そうに、
「もうこれ、実印じゃないげんけど・・・。他の判子に代わっとるよ」
これには驚きました。

父は一旦は実印を手放したものの、自分に財産や拠り所が無くなることに不安を覚えたのでしょう。
こっそりと実印を変更したのです。

元の印鑑が無くても変更はできるんですね。

身分証明の書類が必要ですが、なにしろ本人ですから。
本人確認も役場の人が「山本なにがしである」と認定すればいいわけです。
狭い町ですから、役場の人もみんな顔見知り。

実印が三文判でも登録できることを知ったのはこの時。

せっかく預かった実印が知らない間に無効になる。
これには困りました。

ここで役に立ったのが町役場のスパイ。
仲の良い同級生が就職していたのです。

親父が役場に現れると、すかさず電話が入ります。
「おい、親父が来たぞ!」と同級生。
(当時は携帯もなく、連絡は大変でしたが)

あわててその夜、親父を尋ねます。
「頼むから実印を元に戻してくれ」
「せっかくの返済が上手くいかんがや」
必死に頼み込みました。 これはちょっと情けなかった。

なんとか説得して実印が元に戻りました。

そんなドタバタの中で、今度は墓地公園の話が舞い込みました。
この話、続きます。

今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
個人的な話ですが、読んでもらえると嬉しいです。

(*)執筆時点で記憶違いが有り、各金額が間違っていました。本文は既に修正済みです。

安値125万円と高値5600万円! たたき売りと高値売り抜けでは天国と地獄。

2016-04-30 23:20:34.297

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

親父の夜逃げシリーズ(7)です。

1983年26歳のサラリーマンだったわたしは、
負債から逃げ出した親父に替わりに借金を返済するハメになりました。

債権者との返済猶予交渉もまとまり、毎月の支払いは少し待ってもらいました。
いよいよ返済活動に着手です。

少し整理しましょう。

借金は金融機関3行で1.8億円。岐阜のXX興産の約束手形が1500万円、計約2億円です。

対して、手持ちの資産は700㎡程度の田んぼが45枚ほど。約3.0Ha(3万㎡)です。
プラス約600坪の実家と空き地が少々(竹やぶ)。
場所は金沢市近郊とはいえ、全てが市街化調整区域。

その他に、当座の資金として親戚から借りた運転資金が1200万円。
収入は母が農業で約400万円、わたしのサラリーマン年収が約230万円。

支払いを猶予してもらっているとはいえ、半年程度で部分返済をするなどの結果が必要です。
それほど時間はありません。

さてどうやって返すか?

世帯年収630万円ではその中から返すのは無理。

■市街化調整区域と田

一般に土地を持つ地主が考える「土地活用」は一にアパート建設、二にアパート建設、三に事業用賃貸。

少子化の今でも、アパート経営は節税効果もあり効果的な活用法です。
入居者が見込める地域なら最優先。

ただ、繰り返しますが全ての土地は市街化調整区域。
そもそも建物を建てることができませんし、賃貸需要のあるような場所でもありません。

春はヒバリやウグイスの声で目覚めるような田舎。
小学校までは3km、最寄りのお店と言えば500m先の農協の売店だけ。

市街化調整区域

ということでアパート経営はNG。
建物が建てられませんので店舗としての活用や土地賃貸も諦めるしかありません。

となると、やはり「売る」しか選択肢はありませんが、これが難しい。
市街化調整区域の田をいったい誰が買うのか?

当時の山本家の田んぼの大きさは700㎡(212坪)平均。
ここから上がる稲作収入は10万円程度。

収益還元法で計算すると8%利回りで、10万円÷8%=125万円
田んぼ1枚125万円です。

この大きさの田んぼが45枚ほどありましたので、全部売っても5600万円程度。借金返済には全然足りません。

つまり田を田として売っては返済できないのです。
近隣の農家に田として売るのはダメなのです。

ところが、これが宅地になると話は一変します。

2015年の実家の路線価は3万円ですが、調べてみると1983年当時は今の3倍程度の地価だった様。(路線価9万円!?)
土地神話の時代でまだまだ土地は上がると思われていました。

田ではなくもし宅地として売れれば・・・
700㎡×@9万円 =6300万円! なんと 50倍!

45枚の田があれば借金を返してお釣りがくるどころか、一躍ビリオネア!
(銀行がこれを見越してお金を貸してくれるのも分かりますね)

ただ、これはあくまで宅地だったらという仮定の話。
今は単なる市街化調整区域の田んぼ。

では、どんな買い手がいるのか?
どんな相手を探せばいいのか?

都市計画法第34条では建てられるのは・・・

・大学,研究所等で開発審査会を経たもの
・大規模流通業務施設、老人保健施設、有料老人ホーム等

どれも建設話が何処にでもあるようなものではありません。
H叔父が、あちこちに当たってくれました・・・。
そして・・・ この話、続きます。

今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
個人的な話ですが、読んでもらえると嬉しいです。

2億円の借金でどん底の男と、2億円の借金でにんまりする男。

2016-04-05 22:37:44.207

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

親父の夜逃げシリーズ(6)です。

1983年、父は2億の借金で逃げ回ってどん底でした。
わたしは今、2億の借金でにんまりです。もっともっと借金したいくらい。
この違いは何でしょうか?

不動産事業の失敗や放蕩がたたり借金が膨らみ返せなくなった父ですが、そもそも貸す側は回収の見込みがあるから貸すわけです。
どうして金融機関から1.8億もの借金ができたんでしょう?

■犯人は土地神話?

銀行が融資審査でみるのは資産背景属性評価、そして人物です。
これは今も昔も変わりませんし、不動産投資の場合でも同じです。
この総体が「信用」と呼ばれます。

山本家は父で6代目となる文化文政時代から続く由緒正しき(?)水呑百姓。
当時の資産は約3.0Ha(3万㎡)の田と約600坪の異様に広い実家と空き地が少々(竹やぶ)。
これらは全てが都市計画法でいう市街化調整区域にあります。

今では資産として評価はされませんが、当時は高く評価されたため土地を担保にすれば簡単にお金は借りられたのです。

日本の都市計画法では住宅化を推進する市街化区域と、住宅化を抑制する市街化調整区、そのいずれでもない地域に分けられます。

市街化区域には正しく街づくりを促進するための用途地域が定められます。
住居系地域、商業系地域、工業系地域に分類され、
当時は 8区分、今はもう少し細分化されて12区分になっています

用途地域に合わせて建ぺい率、容積率などが建築基準法に定められており、
これは不動産投資のイロハでもあります。

一方、市街化調整区域は住宅化を抑制する地域のため、そもそも建物を建てることが困難です。
農作業場や農家の自宅以外の建設は厳しく制限されています。
(都市計画法で建築可能なものとして、農家等の分家住宅,集会所,既存建築物の建替,大規模流通業務施設,老人保健施設,有料老人ホーム等、とあります。)

土地売買についても農業委員会の許可が必要です。
建物無しでは、田んぼそのものの収益力はとても小さく、
約3.0Haを額に汗して耕しての総売上が年間400万円程度。(1983年米価当時)

そのため、今では市街化調整区域の土地は経済的評価が低く、ほとんど担保に取ってはくれません。
ただ、それは現代の話。1970年代は土地神話の時代でした。
不動産価格はずーっと右肩上がりで「歴史上下がったことはない」と言われていました。

売買すら簡単ではない市街化調整区域ですが、当時は都市計画による開発が色んな地方で盛んにおこなわれていました。
ある日、それまで田で価値の低かった土地が市街化区域に変更され、
一夜にして経済的評価が10倍に大化けする。
そんなことが全国で起きていました。

田舎の農家が、ある日突然田んぼが住宅になり、お金持ちになる。
土地成金があっちでもこっちでも。

お金の雨

昨今の中国の土地バブルと民主導と官主導の違いはあるが構造は同じ。
歴史は繰り返しますね。

なので銀行は将来の市街化を期待して、
「山本さん、土地を担保にさえ入れていただければ
いくらでもどうぞ、どうぞ」 てな感じです。

成金になってからなら、まだしも
売れるかもしれない将来の価値を当て込んでの借金でした。
なので、破綻すると大変。
売るにも売れない資産(?)しかないのですから。

■良い借金と悪い借金

お金に色は付いてません。
借金自体が悪いわけでもありません。
借金にも良い借金と悪い借金があります。

調達した資金の使い道で良くも悪くもなります。
良い借金⇒投資の資金。CFを生む借金。
悪い借金⇒消費に使うお金。浪費。

父は丸顔で背が低く好々爺とた風貌。とても社交的で人当たりは良い人でした。
ただちょっと女性にだらしなく計算が出来なかっただけ・・・

父は借金の種類をどこまで理解していたんでしょうか?

土地を担保に簡単に借りられた分、無駄使いや浪費が多かったような気がします。

返済に着手して驚いたのは収入源が全く無かったこと。
資産らしきものがほとんど無く、ゴルフ場の会員権が3つばかり。
(逃げ出す前に処分していたのかもしれませんが、投資の結果としての資産がもう少しあってもよかったはず)

儲け話を持ち込まれては手を出して、すってんてんになったんでしょうか?

■不動産投資と融資

少し話がそれますが、不動産投資では借金は実は貯金と同じです!
わたしは融資を受けて購入した不動産でキャッシュフローを生み出しています。
自己資金だけではなく、借金することでレバレッジを利かせます。

借金すると返済が始まりますが、元本返済するということはその元本分の物件の所有権を少しずつ手に入れているということ。
20年ローンで返済していくと、年に1/20ずつ実物貯金しているということになります。
20年後に不動産が丸々自分の所有になります。
これが 借金=貯金 の理屈です。

札束

日本では借金は悪いものという先入観、価値観があり、これがメンタルブロックとして我々を邪魔します。

投資の場合でもここがハードルになる人も多いです。
個人個人の金額認識のキャパシティも関係します。

数百万円  ⇒高額ですが、何とか判子をつける金額。
マイカーが、100万円から数百万円。大きな買い物ですが無くはない。

数千万円 ⇒サラリーマンが清水の舞台から飛び降りる一生に一度の金額です。
マイホームが3000~4000万円。一生に一度、あるかないか。

億単位  ⇒普通の生活ではお目にかかることはない金額。

この金額認識のためでしょうか、不動産投資でも5000万円程度の借金がひとつの壁になるようです。
借金=貯金 なら金額が大きいほどお得なはず、ですが・・・
未知なる金額が心理的な壁になります。

投資サークル仲間でも1億、2億の借金と聞くと、
「いやぁ、わたしには出来そうもありません」とか、
「借金せずに堅実にやりたいです」という人は多い。

はてさて、あなたの上限額はいくらでしょう?

ところが融資を受けて不動産を購入し、額が億を超えるとメンタルブロックが外れます。
(無論、大家業がうまくいってる前提ですが)

ここでOPM(other peoples money)を実感します。
投資では、他人のお金をいかに上手く効率的に使うか、とよく言われます。
これが資金調達というノウハウ。

ここを乗り越えると投資家としての次なるステージでしょう。
借金そのものが悪なのではなく、借金に振り回されることが悪。
親父は振り回されてしまったという訳。残念です。

借金の背景も分かったところで、いよいよ返済計画の検討と着手です。
その話は次回に。(続く)

今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
個人的な話ですが、読んでもらえると嬉しいです。

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