そして親父の2億円の借金だけが残った・・・。そのわけは?

2016-03-30 23:39:42.579

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

親父の夜逃げシリーズ(5)です。

ここまでのお話はこちら
親父の夜逃げシリーズ(1)
親父の夜逃げシリーズ(2)
親父の夜逃げシリーズ(3)
親父の夜逃げシリーズ(4)

さて、金融機関3行の1.8億円のローン、XX興産の1500万円の約束手形、それぞれ返済猶予交渉がまとまりました。

これでいよいよ返済活動に着手!
とその前に、父がどうして2億円もの借金を作ったのか振り返ってみます。

■ 事業の失敗

親父は6代目となる農家の跡継ぎ。
資産は700㎡程度の田んぼが45枚ほど。約3.0Ha(3万㎡)です。
東京ドームが4.7haですから、一回り小さいですね。

近隣ではそれなりの規模でしたが、農業だけでは発展が見込めないと1970年代に不動産業を始めました。

不動産業といっても山本家の資産は農地ばかりなので、融資を受けて土地の仕入れから始めたようです。

農業のかたわら山本商事㈱を設立し、デベロッパーにチャレンジ。
宅地造成から手掛け、それなりに上手くいった時もあったようです。

宅地造成_ショベルカー

ところが1979年の第二次オイルショックで市場が混乱。
建築資材が高騰し、収益が上げにくくなりました。

デベロッパー系は上手くいくときはいいんですが、景気が悪くなると歯止めが効きません。
バブル崩壊時にも同じことが起きています。

そんな時は、じっと景気の回復を待ち、タイミングをみることが重要です。
地道な管理会社としてストック中心に舵を切るべき。

父の同業でも転換して、うまく乗り切った人も沢山います。

父は6代目ですが、実は7人兄弟の6番目で4男坊。
上3人の男子が病気で死亡し、跡継ぎとなりました。

祖父にしてみればやっと残った跡継ぎの男子。末っ子の5男坊が生まれるまではたった一人の男の子でした。
大事に大事に(甘やかして?)育てたようです。

会社勤めの経験がある訳でもなく、どこかで不動産の勉強をした訳でもありません。
事業をしていくには経験不足、知識不足だったと思います。

不動産業であれば、減価償却と事業収益の関係や、キャッシュフローとの違いなどを知っておく必要があります。

融資を受ければ、キャップレート残債利回りの知識も必要です。
ROIなどの指標も重要。

当時の父親からは、そんな単語を聞いた記憶はありません。
投資計画にしてもどこまで計算していたのか・・・?
回収計画を綿密に立てていた様子も覚えがありません。
全てがどんぶりでした。

1983年頃は金利がとても高い時代。その高い金利を上回るリターンが必要です。
融資を使って攻めるのか、現金主義で安全にいくのか、使い分けが大事。
残念ながら破綻するのも無理からぬ経営レベルでした。

色んな人に儲け話を持ち込まれ、お金を注ぎ込んでは損していたよう。

実家の納屋に業務用テーブルゲームが一時、山と積まれていたといいます。
喫茶店に置いてある100円玉を入れながらゲームを楽しむタイプのものです。
業務用テレビゲーム
インベーダーゲームの大流行に続き、ちょうどゼビウスなどが流行っていました。
流行が終わったころに買い込んで大失敗したようです。

1台100万円はしたとか・・・、それが十数台・・・
母は見るたびに血圧が上がったと言います。

結局は売れないまま、廃棄処分したそうです。
これがXX興産の手形だったのかもしれません。

■ 武勇伝・・・

ここで書くのもはばかれますが、女性絡みの武勇伝もたくさんありました。
後に母から、さんざん愚痴を聞かされました。

付き合った女に一戸建ての家を買ってやったら、関係者に取られた。
(美人局的な話かもしれません・・・)

女性を横に乗せて飲酒運転のあげく川に落ち、クレーンで引き上げられた。
などなど・・・

借金から逃げた時に転がり込んだ仲居さんとは、みんな別々の女性です。
金沢の繁華街でそうとう散財してたんでしょう。

まぁ、これ以上は身内の恥なので、止めますが。
これでは事業の失敗なのか、女の失敗なのかわかりません。

こうして積もり積もった借金が2億円というわけです。

お世辞にも経営スキルがあったとは思えない親父ですが、どうして2億円もの借金ができたのか?
その話は次回に。 (続く)

今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
個人的な話ですが、読んでもらえると嬉しいです。

丸刈りの社長は言った「で、今日はどういう話やねん?」

2016-03-28 23:31:00.965

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
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親父の夜逃げシリーズ(4)です。
さて親父の残した借金の概要が見えてきました。
地元の金融機関3行で1.8億円。
得体のしれないXX興産に1500万円の約束手形。

このあぶなそうなXX興産にも行く必要がありますが・・・。
そもそも何処の会社かもよく分かりません。

で、親父に聞くことにしました。

えっ!? 何それ?
父親は夜逃げしたんじゃないのか、ですか?
それはそうなんですが、実は親父の居所は分かっていました。

■親父の居所

当時の父親は52歳。料亭の仲居の愛人とその連れ子の3人で住んでいました。
場所はなんと同じ町の、実家から5Kmと離れていないところ!

わたしが借金の話を聞くもっと前から、ほとんど家には帰らなくなっていたようです。
借金のことで母から責められるのがいやだという心理もあったでしょう。

親戚から問い詰められるのがいやで、居場所がばれる度に何度か居所を変えたようです。

(迂闊な話ですが、わたしは大学からずっと関西に出ており、この辺の事情をあまり知りませんでした)

逃げたといっても、いつも車で実家から15分とかからないところにいたそうです。
せいぜい半径5Km以内です。

狭い町です。そんな近所にいれば、父の顔を見かける人もいて居所はいつもバレていました。

この時は探偵を使って突き止めたとか聞きました。
ただ、場所が分かっても親戚が行くと居留守を使って会おうとはしませんでした。

みんな困り果て、息子のわたしなら何とかかなるのではということで
親父の夜逃げ(1) の親族会議となったわけです。

借金から逃げ出した割には遠方へ行かず近くにいるとは変な話ですが、やはり自責の念あったんでしょう。
自分で返す力や方策はないが気にはなる、という感じでしょうか。

心理的にも追い詰められてたようで、当時は夜も寝れず睡眠薬を常用していました。

■岐阜のXX興産

愛人宅に転がり込んでいた親父を訪ね、XX興産の話をしました。
流石に親父もあそこは放置できないと思っていたのか、すんなり訪問を了承をしてくれました。
岐阜の会社であることはこの時知りました。

大阪から金沢への引っ越しも終えた、8月末だったと思います。
親父の運転で、2人で高速で岐阜大垣市に向かいました。

わたしは緊張していましたが、車の外は何だかとてもいい天気。

ドライブ_交差点

北陸道を米原まで2時間走り、そこから名神高速道路で大垣へ。

下町の大きな屋敷の前で車は停まります。
自宅の一角が事務所のようでした。

応接に通されると、丸刈りで恰幅のいいおっさんが正面の3人掛けのソファにどっかりと座ります。
実家に来たとかいう人でしょう。

ソファの後ろには若い衆が両脇で2人直立で立っています。

「で、山本さん、今日はどういう話やねん。

親父はソファに腰かけて手を膝につき背筋を伸ばしたまま、ややうつむき加減にほとんど硬直状態です。

「・・・・」

仕方がないので、勇気を振り絞ってわたしが話します。

「実は手形のことなんですが・・・
なんとか返しますので、3年待ってもらえませんか?

緊張していたんでしょう。その辺りから記憶が曖昧です。意外とすんなりと返済猶予がまとまったと思います。
若い息子に同情したのかもしれません。

ほっとして帰路につきました。

今考えると、向こうとしても遠く離れた田を押さえたところで現金化は大変です。
しかも手形の額面は1500万円ですが、実際にはいくらで入手したのか怪しいものです。
ある程度の金になれば御の字だったのかもしれません。

途中、養老サービスエリアで
「この辺にあの昔話で有名な養老の滝があるのか・・・」
とぼんやり思った記憶があります。

岐阜_養老の滝

片道3時間、往復6時間ほどの晴天の中のドライブ。
親父はほとんど口をききませんでした。

さて、こんな親父はどうして2億の借金を作ったんでしょう?その話は次回に。
(続く)

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
個人的な話ですが、お読みいただけると嬉しいです。

2億円の借金の実態・・・。 債権者は誰だ?

2016-03-23 21:33:42.697

こんにちは、人生は50代からがもっと楽しい!不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

親父の夜逃げシリーズ(3)です。

1983年5月のゴールデンウィークに親父の夜逃げが発覚し、帰郷せざるを得ない状況になりました。

運良く無職にはならず、当時の勤務先で大阪から金沢への転勤(営業所開設)が決定。
引越しは8月、事務所の準備を整えて10月からの営業所オープンだったと思います。
ただ、引越しまでのんびり構えてる余裕はありませんでした。

5月の連休明け以降は大阪と金沢のとんぼ返り生活。
金曜に仕事を終え、夜行に乗り土曜の朝に金沢着。
土~日と書類を整理し、日曜の夕方に特急で大阪に帰るという生活です。

散らかる書類を整理し、まずは借金の実態を把握しました。

■債権者は誰だ? -借金の棚卸し-

はっきりしていたのは金融機関の借金です。
地銀の北國(ほっこく)銀行、信金の金沢信用金庫と北陸信用金庫の3行でした。

確か、返済利息だけで月100万円を超えていたと思います。
借入れ金利が6~7%程度で、3行でおよそ1.8億円程度の借入れでした。

利息だけで月額100万とは驚きますが、長期金利が8.4%の時代です。(日銀 預金・貸出関連統計)
ゼロ金利の今からは想像しにくい金利ですが、当時はそんなもの。

実家の農業収入が年400万円程度(生産者米価18226円)、わたしの給料は約14万円、年収で230万円ほど。

この中で農業経費や生活を賄います。
毎月100万円なんて払えるわけがありません。
自己破産という手もあるのかもしれませんが、それではすっからかんになってしまいます。

返済活動の前にとにかく「返済猶予交渉」です。
一旦、支払いを猶予してもらわないとどうにもなりません。
また、資産の処分のためには差し押さえも回避する必要があります。

親戚から当座の資金繰りとして1200万円をなんとか借入れ、銀行に利息を払いつつ交渉しました。
資金提供してくれた親戚も決して裕福なわけではありません。
みんな無理をして出してくれました。

金沢信用金庫のY支店長にはすんなり「返済の一時猶予」を了承してもらいました。
(むしろ、若いのに大変だねという労いの言葉を頂戴し、嬉しかったです)

北國銀行はかなり渋ったものの、
返さないのではない返済努力をするから一時的に待って欲しいんだ、という説明に仕方なく納得。
残る北陸信用金庫が難航しました。

「山本さん、うちは払ってもらわな困る。払えんがやったら担保を差し押さえな仕方ないね。」
眼鏡をかけた気の小さそうな支店長に冷たく言われました。

それは困ります。家屋敷が無くなれば母が路頭に迷います。

「銀行は晴れた日には傘を貸してくれるが、雨の日には取り上げる」という言葉をこの時覚えました。

差し押さえたところで、競売では満額の回収が難しいことを話して説得します。

「頑張って借金は必ず返しますから!」
自信はありませんでしたが、気持ちだけは伝えます。

何度も足を運びました。

農協職員で有力者でもあったH叔父の働きかけもあり、狭い町で事を荒立てるとマズイと判断したようです。
交渉の末、なんとか返済を待ってもらえることになりました。

これで少し時間が稼げました。

■約束手形

金融機関の借金は「返済の一時猶予」をしてもらいひと息ついたものの、困ったのは約束手形でした。

約束手形とは、振出人が一定の期日に一定の金額を支払うことを約束する有価証券のこと。
銀行の「当座預金」に基づき手形帳として支給されます。
小切手などと同じで帳面形式になっていて、半券をミシン目から切り離して使います。

支払期日を記入し、漢数字で金額を記載、発行者印を押印して相手に渡します。
残る半券を手形の耳といい、こちらにも支払期日、振り出し先、金額を控えとして記載します。

ところが親父の残した手形帳の耳には何も書いてありません!
これでは誰に振り出したかが分かりません・・・
いくら振り出したのかも分かりません・・・

これには参りました。

手形は譲渡できますので、何時どんな人が手形を持って債権者として現れるか分かりません。
アブナイ人に渡ることも往々にしてある話。

やはりというか、実際にアブナイ人が現れました。
岐阜のXX興産という反社会的団体のような匂いのする会社。

わたしが父親の夜逃げのことを聞く少し前でした。
黒塗りのベンツに乗ったでっぷりとした丸刈りのおっさんが、若い衆を2人ほど連れて1500万円ほどの手形を持って実家に現れたようです。

黒塗りベンツ

親父が不在だと知ると、伝言だけ残してその時は静かに帰った模様。
対応したお袋が腰を抜かして親戚中大騒ぎになったと、後で聞きました。

その他の事業関係の小さな支払を除くと、判明した大口はこんなところでした。
おおよそ2億円。

後は、新たなる債権者が現れないことを祈るばかり。

金融機関との交渉が一段落した次には、このXX興産にも行く必要があります。
(続く)

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
個人的な話ですが、お読みいただけると嬉しいです。

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