おそるおそるの退職願いがもたらした未来。ウソのようなホントの話。

こんにちは!50代からあわててお金の勉強中の、不動産投資家やんつです。
社会人としてお金のことを勉強したいあなたと、アクティブシニアになりたいあなたへ・・

親父の夜逃げシリーズ(2)です。

親族会議の後、借金返済に専念する覚悟を決めて大阪に戻りました。
と、その話の前に1983年(昭和58年)がどんな年だったか振り返ってみましょう。

■高度成長後、バブル前

ちょうど日本は中曽根首相で、米国はレーガン大統領の時代。
「ロン・ヤス」関係と呼ばれていました。

日本の名目GDPは289兆円。バブル絶頂の523兆円(1997年)に向けて調子の良かった時代。
(2015年は約500兆円です)

人口は2014年の1億2708万に対し、1983年は1億1953万人。
年間出生数は約151万。2014年の約100万人に比べれば、多く感じますが
団塊の世代の出生数約260万人からは既に大幅に減っています。すでに足元では少子化が忍び寄って来ていた訳です。

イッツ・ア・スモールワールド1983
この年は東京ディズニーランドが開園した年でもあります。
大阪府枚方市にはTSUTAYAの1号店がオープン。
任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」もこの年に発売されました。

この年の流行語は、愛人バンク、貸しレコード店、軽薄短小、おしん、など。

確か、当時の月給は約14万と記憶しています。
入社時の初任給が11.4万円ですから、現在の約20万円の6割以下。
まぁ、33年前の話ですが・・・。

この時代は景気が良かった分、金利の高い時代でもありました。
長期金利は8.4%!(日銀 預金・貸出関連統計)

執筆時点の0.05%と比べるとなんと168倍!
定期預金に放ったらかしでも資産形成が出来た良き時代です。

TBSの歌番組「ザ・ベストテン」の絶頂期で、
松田聖子、中森明菜のアイドル全盛時代でもあります。

みんな、明るい未来を信じてた時代・・・。

でも、わたしはめっちゃブルーでした。

(借金返済て言ってもなぁ・・・どないすんねん・・・)

■「退職願い」がもたらした奇跡

わたしの勤務先は上場会社の子会社(本社東京)の大阪支店。大阪駅から地下鉄で1駅、肥後橋という所です。

中小企業向けのコンピュータ販売とシステム開発をやっていました。
(当時はオフィスコンピュターと呼ばれていた分野です)

大阪支店は50人程度の所帯で、そのシステム営業部に所属していました。

1981年入社でちょうど3年目に入ったところ。
メーカー主催の販売店向けコンテストで関西地区の優秀新人賞を取るなど、それなりの成績を上げていました。

「ねえ、退職願いってどう書けばええの?」
目をまん丸にした事務の女子に聞きながら、書類を書きました。

意を決して、上司である課長と支店長に面談を申入れます。

「実は、父親の借金返済に専念するために辞めんとあかんようになりました。すいません・・・」
声が震えていたかもしれません。

いきさつを一通り説明した後、支店長が尋ねます。

「山本君は会社がいやで辞めたいんか?」

「いえ、出来ることなら辞めたくないんですが・・・仕方がないんです。」

「そうか・・・。 で、この仕事は好きか?」

「はい! 仕事も会社も大好きです!」

「ほんまか・・・ 何かいい知恵ないか、ちょっと考えるから時間くれへんか?」

「はあ・・・」(とは言うても、どうにもならんやろなぁ・・・)

とこんなやりとりでした。

数日後に再度の面談。
今度は本社の専務も同席しての話し合いでした。

「山本君、実は金沢に営業所を出そうという話があるんだ。ついては、君にやってもらおうと思ってる。」

「えっ!? ホントですか? 辞めなくていんですか!?」

専務からの思わぬ言葉に、急に目の前が明るくなりました。
隣で支店長がにこにこしながら頷いています。

「ああ、お父さんの借金を返しながらでいい。うまく時間の合間を見ながらやってくれたらいい。」

聞けばとある代理店の金沢営業所があり、そのフォローのため、以前から拠点設立の要請が来ていたとのこと。

その売上は少しづつ上がってはいるものの、拠点進出コストも掛かるため本社では二の足を踏んでいたそうです。
そこに金沢出身のわたしの話が出て、それならとなった模様。

管轄は東京本社だったために大阪のわたしにはそんな代理店の話自体、全くの初耳でした。

「はい! やります。やらせて下さい!」

「そうか、借金返済も大変だと思うが頑張れよ。」

こうして、最大の不安点だった「無職」どころか、一転して初代営業所長という「栄転」としての帰郷となりました。

今、思い返してもラッキーというか奇跡的な話だと思います。
26歳の若造に拠点を任せるという大胆な決断をしていただきました。
本当にありがたいことです。
(結局、この会社には18年間お世話になりました)

ちょうど代理店からの要請がなかったら・・・?
26歳の若輩ということで他の役員が反対していたら・・・?

(実際に、抜擢されたことを快く思わない本社の人間もいたようです)

こうして憂鬱気分から、がぜんファイト満々になって、
わたしは借金の待つ金沢へ帰ることにしました。

やるぞー!
ようし、やるぞーー!

8月末に引越し、事務所の準備を整えて10月からの営業所オープンだったと思います。

そして、金沢で待ち受けていた次のハードルは「市街化調整区域」「約束手形」でした。
(続く)

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
個人的な話ですが、お読みいただけると嬉しいです。

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やんつ(山本 常勝)

合同会社モンテリーブロ 代表
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